喫煙さん きつえんさん

 

たまちゃんは、すずらん園(えん)の女(おんな)の子(こ)。
生(う)まれたときから、ここが家(いえ)。
えんちょう先生(せんせい)とほかの子(こ)もいる。
ごはんを食(た)べて、あそんで、ねむって、たのしく暮(く)らしている。
ときどき、おとうさんやおかあさんができて、おわかれする子(こ)もいる。

 

ある日(ひ)、えんちょう先生(せんせい)がたまちゃん呼(よ)んだ。
「あなたにおかあさんができました。」
「どんな人(ひと)ですか。」
「心配(しんぱい)はいりません。あなたをうんと可愛(かわい)がってくれるおかあさんです。」

 

おかあさんは車(くるま)でむかえにきた。
スカーフをして、サングラスをかけて。
「いつでもあそびにいらっしゃい。」
えんちょう先生(せんせい)はいつまでも手(て)をふってみおくった。

 

「これからどうぞよろしくね。」
おかあさんはいった。おおきな目(め)がたまちゃんを見(み)つめていた。

 

おかあさんの家(いえ)は、さんかく屋根(やね)のしろい家(うち)。
「おかあさんのおしごとはなんですか。」
「お芝居(しばい)をするの。
お姫(ひめ)さま、妖精(ようせい)、魔女(まじょ)にだってなるのよ。」
「すごいね。」
「ふふふ。」

 

その日(ひ)から毎日(まいにち)いっしょ。
湖(みずうみ)にいって、まっかに焼(や)けた。
市場(いちば)で、食卓(しょくたく)のかいものをした。
ねる前(まえ)には、ものがたりを読(よ)んだ。
たまちゃんとおかあさんは、もうなかよし。

「おかあさん、お仕事(しごと)はいいの。」
「たまちゃんが大(おお)きくなるまでは、おやすみよ。」

 

 

秋(あき)になり、たまちゃんは学校(がっこう)にはいった。
べんきょうして、スポーツして、遠足(えんそく)にいった。

 

さんかん日(び)もあった。
「わたしのおかあさんよ。」
みんなに紹介(しょうかい)した。

 

つぎの日(ひ)、お友だちが言(い)った。
「たまちゃんのおかあさんは、ほんとうのおかあさんじゃないでしょ。」

 

「今日(きょう)はどうだった。」
家(いえ)にかえると、おかあさんが聞(き)いた。
「なんにも。」
たまちゃんは答(こた)えた。

 

にちよう日(び)、たまちゃんは朝(あさ)はやく出(で)かけた。
リュックに、タオルと服(ふく)、ビスケットと水筒(すいとう)、おこづかいをつめて。
家(いえ)をでるとき、おかあさんが聞(き)いた。
「どこへいくの。」
「おともだちと公園(こうえん)であそぶの。」
「いってらっしゃい。」
たまちゃんは駅(えき)にむかった。
駅員(えきいん)さんに聞(き)いて、れっ車(しゃ)にのった。

 

どこかの駅(えき)で、おとこの人(ひと)がのってきた。
おとこの人(ひと)は、たまちゃんの前(まえ)の席(せき)にすわった。
そして、窓(まど)をすこし開(あ)けて、タバコをすった。
かべに、「喫煙 (きつえん) できます」という文字(もじ)とタバコのマークが書(か)いてある。
「きつえん」というのは、タバコをすうことなのだ、とたまちゃんは思(おも)った。
「ここはきつえん車(しゃ)、わたしはきつえん者(しゃ)。」
おとこの人(ひと)はそう言(い)って、くっくっと笑(わら)った。

たまちゃんは、おとこの人(ひと)を 喫煙さん (きつえんさん) と呼(よ)ぶことにした。
もちろん、こころの中(なか)で。

 

「どこまで行(い)くんだい。」
喫煙(きつえん)さん が聞(き)いた。
「お山( やま)まで。」
たまちゃんは答(こた)えた。

喫煙(きつえん)さんは、おやっという感(かん)じでいった。
「わたしも山(やま)に行(い)くんだよ。」
たまちゃんは、ほっとした。
「葉(は)っぱが色(いろ)づいてきれいだろう。」
「がっこうの遠足(えんそく)でいった。」
「きょうはひとりで遠足(えんそく)かい。」
「お山(やま)でくらすの。」
「どうやって。」
「山(やま)ごやがあるし、
川(かわ)でお水(みず)ものめて、
キイチゴもたべられる。」
「なるほど、それなら、だいじょうぶか。」
喫煙(きつえん)さんは 安心(あんしん)したように、まどの外(そと)をながめた。
たまちゃんも、まどの外(そと)をみた。
どんどんながれていく景色(けしき)と、白(しろ)いけむり。

 

 

「とうちゃくでーす。」
山(やま)の駅(えき)についたら空気(くうき)がひんやりした。
たまちゃんと喫煙(きつえん)さん は、木々(きぎ)の中(なか)をあるいた。
葉(は)が、ぱらりぱらりとおちてくる。
ベンチをみつけて、おやつにした。
たまちゃんはビスケットとお茶(ちゃ)、喫煙(きつえん)さん はコーヒーをりのんだ。
うすみずいろの空(そら)と、あかいろ、きいろ、ちゃいろ、みどりいろ、くろいろの葉(は)たち。

 

シュッ。
喫煙(きつえん)さん がマッチをすった。
たまちゃんは立(た)ちあがった。
「じゃあ、さようなら。
山(やま)ごやまで行(い)くから。」
「なんでまた、山(やま)でくらそうとおもったんだい。
さいごに、おしえてくれないか。」
喫煙(きつえん)さん は言(い)った。
たまちゃんは、タバコの火(ひ)をみつめた。

 

「わたしのおかあさんは、ほんとうのおかあさんではないの。
すずらん園(えん)のえんちょう先生(せんせい)がえらんでくれたおかあさん。
お友(とも)だちには、ほんとうのおかあさんのように話(はな)していたの。
だって、知(し)られたくなかったから。
でもね、お友だちはしっていたの。
ほんとうのおかあさんではないって。
もう、がっこうに行(い)きたくない。
おかあさんには言(い)えない。
すずらん園(えん)にもかえれない。
えんちょう先生(せんせい)はかなしむ。」

 

「そうか。」
喫煙(きつえん)さん は、タバコの箱(はこ)をみせた。
「おじさんは、タバコをうってあるくんだ。
おおきな町(まち)、ちいさな町(まち)。
タバコがすきな人(ひと)、きらいな人(ひと)。
はじめて会(あ)ったのにやさしくしてくれる人(ひと)。
店(みせ)をもっていないおじさんをわらう人(ひと)。
どこに行(い)っても、いろんな人(ひと)がいて、いろんなことを言(い)う。
でも、気(き)にしちゃ、タバコうり はできっこない。」

 

喫煙(きつえん)さん は、たまちゃんの手(て)をにぎった。

「たいせつなのはね、
きみが、おかあさんを大(だい)すきだってこと。
おかあさんが、きみを大(だい)すきだってこと。
だから、きょうは家(いえ)にかえりなさい。
おかあさんが、君(きみ)をまっている。
いまか、いまかと、まっている。」

手(て)があんまり痛(いた)くて、たまちゃんはうなづいた。
喫煙(きつえん)さん は、手(て)をはなした。

 

 

たまちゃんと喫煙(きつえん)さん は、かえりのれっ車(しゃ)にのった。
喫煙(きつえん)さん は、おいしそうにタバコをすった。
そして、またどこかの駅(えき)でおりていった。

 

 

たまちゃんの駅(えき)についたら、おかあさんの車(くるま)があった。
「おかあさん。」
「たまちゃん。」
「なにしてるの。」
「あなたをさがしていたのよ。」
町(まち)は、ゆう日(ひ)につつまれていた。

 

たまちゃんは車(くるま)にのった。
「いいにおい。」
「お花(はな)のかおりをつけたの。」

 

「おかえりなさい。」
おかあさんは、エンジンをブルルンとかけた。
車(くるま)は、とぶように走(はし)った。
ふたりは、ふたりの家(いえ)にかえっていった。